怠惰と快楽の技術

あるいは勤勉の敗北

墓に始まり、墓に終わる──メトロポリタン歌劇場/マスネ『ウェルテル』(2014)

 METの無料ストリーミングにて。

 

 第一幕への前奏部分で、歌詞の中にあるシャルロッテの母親の死と葬儀を見せたのが効果的でした。有志の対訳を見る限りたぶん台本にはない?

 シャルロッテがウェルテルを選べない理由や4幕で響く子供の声に憤る理由がわかりやすくなるし、最後シャルロッテ自身も後を追うことを仄めかすような演出も説得力を増す。つまり、子供たちの声が彼女を〈母の約束〉に縛ってきたということや、ウェルテルが子供の声をangelと呼び墓の話をしながら死ぬという流れを補強し、後を追わざるを得ないと思わせる解釈になっていると私は感じました。歌詞の一部でしかなかった墓のエピソードを巧みに拾い上げたことで、墓にはじまり、墓に終わる話として再構成したわけです。

 舞台美術は幕間映像を駆使してストーリーを伝えることに主眼を置きつつも工夫があり、楽しめました。第1〜2幕は高低差や奥行きが面白い。映像じゃ分かんないけど、第4幕は舞台の奥の方に穿たれた小さな部屋ですべてが行われるのもいい(第1幕でウェルテルがシャルロッテと出会う前に歌うのが自然讃歌なのを思うといい対比)。

 演者はとにかくヨナス・カウフマンがすごい。出会って5秒で自殺しそうというか駆け落ちとかしたら絶対破滅しそうなルックスもさることながら、演技の説得力が高いんだよね。終幕本当に死にそうだった。道ならぬ恋に燃える情熱的な詩人でありつつも、それでいて不潔な感じとか脂っこい感じがないというか、情念の話をしつつもどこか詩的世界を覗き込んでいるような虚ろな視線がいいのかも。歌のほうでも特に第3幕の〈オシアンの歌〉に感動しました。元々ヴォルフのイタリア歌曲集なんかを聴いてて好きだったんだけど完全にファンになってしまった。もっと色々聴きたい。

 

 というわけで満足ですし、オススメします。明日の朝6時半まで(確か)。

 https://www.metopera.org/